スピンサーブの練習を重ねて、回転はかかるようになった。バウンドもそれなりに跳ねる。なのに——サーブに勢いがない。バウンド後にボールが前に伸びていかない。
そんな悩みはないでしょうか。
前回の記事(スピンサーブの打ち方はトスで決まる?)では、回転の作り方を物理から整理しました。今回はその続編として、「伸び」の正体と作り方を掘り下げます。
先に結論を言ってしまうと、こうなります。
- 伸びないのは回転が多すぎるからではなく、球速が足りないから
- そして回転を減らしても、球速はほとんど戻ってこない(ここが直感に反するところです)
- 球速を上げる手段の中には、回転をまったく犠牲にしないものがある——それが「有効質量」です
※この記事の数値の多くは、記事末尾に示した前提での試算です。大小関係の目安としてご覧ください。
前回との違いと、この記事の読み方
前回と今回で、扱う「量」が違います。前回は回転(rpm)、今回は球速と着地角です。
| 前回の記事 | 今回の記事 | |
|---|---|---|
| 解決する悩み | スピンがかからない | 回転はかかるが勢いがない・伸びない |
| 主役の物理量 | 回転数(rpm) | 球速(km/h)と着地角 |
| 核となる発見 | トスの落下が回転を作る | 重くしても回転は変わらず、球速だけ上がる |
| 主なレバー | トスの高さ・前後左右 | 打点精度・体の前進・重量調整・ストリングの飛び |
| 今日やること | トスを変える | 着弾の深さを測って「振れる上限」を探す |
途中、前回の内容(ブラシ角と球速の関係、横向きキープなど)が再登場する箇所がありますが、これは復習を兼ねています。同じサーブという動作を、今回は「回転側」ではなく「球速側」という別の角度から眺め直してみましょう。前回を読んでいなくても、この記事だけで完結するように書いています。
第1章:「伸びない」の正体は着地角
跳ねるのに前に行かない、が起きる仕組み
バウンド後にボールが前へ伸びるかどうかは、着地するときの角度でほぼ決まります。
- 浅い角度で滑り込むように着地 → 前へ抜けていく(伸びる)
- 立った角度で突き刺さるように着地 → 上には跳ねるが、前には行かない
では着地角は何で決まるのか。回転と球速のバランスです。同じ回転量でも、球速が高ければ弾道は前に伸びて浅い角度で入ります。球速が低ければ、回転のマグヌス力に負けて急降下し、立った角度で落ちます。
つまり「跳ねるのに伸びない」というサーブは、回転に対して球速が足りていない状態です。回転が育ったのに球速が置き去りになっている——練習熱心な方ほど陥りやすいバランスではないでしょうか。
回転を減らしても、球速は戻ってきません
「じゃあ擦るのを控えめにして、その分を球速に回そう」と考えたくなりますが、ここに落とし穴があります。試算してみましょう。
ブラシ角(擦り上げの角度)を11度から8度に寝かせた場合:
| 項目 | 変化 |
|---|---|
| 回転 | 約28%減 |
| 球速 | 約1%増(+1km/h程度) |
回転を3割近く捨てても、球速は1km/hしか返ってきません。三角関数の性質上、この角度域では擦り上げの「球速コスト」がもともとほぼゼロだからです。
回転と球速は、交換できない——これがこの記事の出発点です。球速は、球速専用のレバーで上げるしかありません。
第2章:球速を決めるシンプルな式
サーブのようにほぼ静止したボールを打つ場合、飛び出しの球速はこう書けます(Tennis Warehouse Universityの整理より)。
球速 = (1 + eA) × スイング速度
eA(エーコール:反発係数のようなもの)は、ラケットの「弾き返す力」を表す数字です。この式から、球速のレバーは実質2つしかないことがわかります。
| レバー | 内容 |
|---|---|
| スイング速度 | どれだけ速く振れるか |
| eA | ラケットがどれだけ押し返されずにボールを弾けるか |
スイング速度が大事なのは誰でも知っています。問題はeAの方です。実はここに、中級者が見落としがちな伸びしろが2つ隠れています。
伸びしろ①:打点(スイートスポット精度)
TWUの測定では、eAはラケット面の中央付近で約0.4、フレーム近くでは0.1〜0.2まで落ちるとされています。
スイング速度25m/sで試算すると、中央(eA約0.4)と少し外した打点(eA約0.3)の差だけで球速は9km/h前後、フレーム際まで外せば20km/h近く変わる計算になります。スイング速度を数m/s上げるのに匹敵する差で、しかも筋力は一切要りません。
伸びしろ②:有効質量
もうひとつがこの記事の主役、有効質量です。次章で詳しく見ていきます。
第3章:有効質量——回転を削らずに球速だけ上げる、珍しいレバー
「有効質量」とは何か
ボールがラケットに当たった瞬間、ボールが「感じる」ラケットの重さは、カタログの重量ではありません。TWUによれば、体感される質量(有効質量)はおおよそ:
| 打点の位置 | 有効質量の目安 |
|---|---|
| ラケット先端 | 実重量の約1/3 |
| 面の中央 | 実重量の約1/2 |
300gのラケットでも、先端付近では100g程度の「軽いラケット」としてボールに応対しているわけです。そしてサーブは先端寄りで打つショット。つまりサーブは、有効質量がもっとも痩せる条件で打っています。
有効質量が小さいと、インパクトでラケットが押し返されてエネルギーが逃げ、eAが下がり、球速が落ちます。軽量ラケットでサーブを打つと「回転はかかるのに、ボールが前に行かない」と感じるのは、この仕組みです。
決定的な実験:重くしても回転は変わらなかった
ここで面白い実験があります。物理学者のロッド・クロスとTWUのクロフォード・リンジーは、ラケットの3時・9時の位置に13.4gのボルトを2本挿し込み(計26.8g追加)、同じフレームの「重い版」と「軽い版」で165球のインパクトを撮影・比較しました。
結果はこうでした。
| 項目 | 質量を追加すると |
|---|---|
| eA(球速側) | 上がった |
| スピン(回転側) | 強くは変わらなかった |
つまり——
有効質量を上げると、球速は上がり、回転はほぼそのまま。
前回の記事で見たとおり、回転のレバー(ブラシ角・トス)はどれも何かとのトレードオフでした。ブラシ角は球速を食い、高いトスはタイミングを難しくする。その中で有効質量は、片側だけ得をする珍しいレバーなのです。
ただし、条件がひとつだけあります
「同じスイング速度で振れる範囲なら」という条件です。
重くすればeAは上がりますが、振りにくくなればスイング速度が落ちます。TWUの研究では、同じ労力で振った場合、スイングウェイトが低い領域では重くするほど球速が上がる「タダ飯」の区間があるものの、一般的なスイングウェイト域では「入れた労力の分しか出ない」状態に頭打ちする、とされています。そして振り切れない重さまで行けば、実戦では球速もキックも落ちていきます。
つまり探すべきは「深さが伸びなくなる限界点」です。やり方は最終章で紹介します。
なお、有効質量はフレームの質量分布と打点で決まるため、握る位置を変えてもほとんど変わりません。この性質を利用して「重いラケットを短く持ち、球速のポテンシャルを保ったまま操作性を取りにいく」というアプローチを、こちらの記事で掘り下げています。
ラケットを短く持つと何が変わるのか——「短く持ち」理論
第4章:体の前進——無料で球速を買う
用具の前に、もうひとつ無料のレバーがあります。体を前に運ぶことです。
インパクトの瞬間に体が前へ1〜1.5m/sで動いていれば、その速度はラケットの前方向の速度にそのまま上乗せされます。電車の中で前に投げたボールに電車の速度が乗るのと同じ理屈で、試算では球速5km/h前後に相当します。
しかもこの上乗せは前方向にだけ効くので、擦り上げ(回転)はほとんど削られません。有効質量と同じ「片側だけ得」の構造です。
スピンサーブでやりがちな誤解
スピンサーブでは「横向きをキープ」とよく言われます。これは正しいのですが、「横向き=その場に留まる」と解釈すると、前進を丸ごと捨ててしまいます。
| 要素 | 正解 |
|---|---|
| 肩の向き | 横向きを長く保つ(開かない) |
| 体の移動 | 横向きのまま、前+上へコートの中に飛び込む |
| 着地 | ベースラインの内側20〜40cmあたり、左足で |
チェック方法は簡単です。ベースラインの内側20cmと40cmに目印を置き、いつものサーブを10本打って、左足がどこに降りているかを見てください。ラインのすぐ内側(0〜10cm)にしか入っていなければ、前進のぶんの球速を捨てている可能性があります。
調整はトスで行います。トスをボール半個分だけ前に置けば、体は自然に前へ運ばれます。前に出しすぎて回転が消えたら半個戻す——回転が保てる限界まで前、が目安です。
第5章:ストリングでも球速を拾える
最後に用具側のもうひとつの選択肢です。
TWUの解説によれば、ボールはルール上、変形に使ったエネルギーの45〜47%を失うように作られています。一方、ストリングの損失は5%程度。つまりエネルギーをボールの変形ではなくストリングのたわみに流すほど、損失が減って球速が上がります。
具体的には:
- テンションを下げる
- 柔らかめのストリングを選ぶ
- ゲージを含めて「よく飛ぶ」方向のセッティングにする
そして重要なことに、この方向の変更は回転をほぼ犠牲にしません。「飛ぶセッティングはコントロールが不安」と感じるかもしれませんが、回転過多で伸びないサーブにとっては、飛びの回復はむしろ着地角を適正化する方向に働きます。
第6章:実践——「振れる上限」の見つけ方
ここまでのレバーを、実際に試す手順に落とします。
鉛テープで有効質量を上げる実験
- ラケットの3時・9時の位置に鉛テープを貼る(クロスとリンジーの実験と同じ位置です)
- 2〜4g刻みで増やしていく
- 判定は感触ではなく、セカンドサーブの着弾の深さで行う
判定プロトコル
- サービスラインの手前に1m刻みで目印を置く
- 同じ意図のセカンドサーブを、条件ごとに20球打つ
- 記録するのは「着弾の平均的な深さ」「入った本数」「キックの高さの体感」の3つ
| 結果 | 読み方 |
|---|---|
| 深さが伸びて、キックも保たれている | その重さは正解。もう1段階試す価値あり |
| 深さが伸びなくなった | 振れる上限を越えたサイン。1段階戻す |
| キックの高さが落ちてきた | スイング速度が落ちています。これも戻すサイン |
1球ごとの感触は当てになりません。20球の平均で見る——これが用具実験のコツです。なお、練習で見つけた最適点は、試合の緊張下ではやや重すぎることが多いようです。迷ったら軽い側を選ぶのが実戦的だと思われます。
優先順位のまとめ
※スマホでは表を横にスクロールできます
| 優先 | アクション | コスト | 期待効果(試算) |
|---|---|---|---|
| 1 | 打点をスイートスポットに(打点の再現性) | 無料 | 最大9km/h級 |
| 2 | 前への飛び込みを確保(着地20〜40cm内側) | 無料 | 5km/h前後 |
| 3 | 3時9時に鉛(2〜4g刻み・20球テスト) | 数百円 | 3〜4km/h(上限まで) |
| 4 | ストリングを飛ぶ方向に(低テンション・柔らかめ) | 張り替え代 | 2〜3km/h |
| 5 | スイングスピード強化 | 長期 | 最大だが時間がかかる |
上位2つが無料——前回の記事とまったく同じ構図です。用具を変える前に、打点と体の使い方でまだ拾えるというのが、今回も結論になります。
まとめ
- 「跳ねるのに伸びない」のは、回転過多ではなく球速不足。着地角が立っているのが原因
- 回転を減らしても球速はほぼ戻らない。球速は球速専用のレバーで上げる
- 有効質量は、回転を削らずに球速だけを上げられる珍しいレバー(実験で確認されています)
- ただし「同じ速度で振れる範囲」が条件。上限は着弾の深さ×20球で探す
- 無料のレバー(打点精度・前への飛び込み)が、実は最大級に効く
回転の記事とあわせて読むと、スピンサーブは「回転はトスで、伸びは質量と前進で」という分業になっていることが見えてきます。どちらも、高価な用具より先に、今日のコートで試せることばかりです。
出典・参考文献
- Rod Cross & Crawford Lindsey / Tennis Warehouse University「Racquet Control — Part 1」— 3時9時への質量追加実験(165球)、eAは上がりスピンは強く依存しないという結果、有効質量の目安(先端で約1/3・中央で約1/2)
- Tennis Warehouse University「Effect of Racquet Customization on Swing Speed and Ball Speed」— 低スイングウェイト域では同じ労力で球速が上がり、通常域では頭打ちになるという研究
- Tennis Warehouse University「Why Is String Stiffness So Important To Power?」— ボールの損失45〜47%・ストリングの損失約5%
- Rod Cross / Tennis Warehouse University「Physics of the Tennis Kick Serve」— 回転と球速・ブラシ角の関係(前回記事の主出典)
試算の前提について
本文中のkm/h等の数値は、球速の式(球速 =(1 + eA)× スイング速度)に、筆者が設定した前提値(スイング速度25m/s、eA=0.25〜0.4の範囲)を入れて計算した試算です。「着地角が伸びを決める」という説明、および前進速度の上乗せ量(5km/h前後)も、物理法則からの導出であり、実際のサーブを測定したものではありません。着地点の目安(ベースライン内側20〜40cm)も、測定データではなく一般的な指導上の目安です。鉛テープによる球速向上の数値は、スイング速度が変わらない前提での上限値で、実際にはスイング速度の低下分だけ小さくなります。また、本文で紹介したボルト実験は「静止させたラケットにボールを当てる」形式で行われたもので、実際にスイングするサーブとは条件が異なります。だからこそ、記事内で紹介した「20球×着弾深さ」での実測をおすすめします。