前回の記事で、ラケットを短く持つ「短持ち」と、手から芯までの距離=「芯距離」という考え方を提案しました。今回はその続きとして、道具を作る側——メーカーの話をします。
メーカーはミートの問題を、面を広げることでしか解決しようとしていません。芯距離を縮めるという、もうひとつの解決策が商品として存在しないのです。
メーカーは「ミート問題」をちゃんと認識しています
まず誤解のないように書いておくと、メーカーが怠けているという話ではありません。むしろ逆です。
たとえばヨネックスが2026年5月に発売した新シリーズ「MUSE」は、「ヨネックスで最も扱いやすいテニスラケット」をコンセプトに、独自形状のアイソメトリックで一般的な円形ラケットより上下左右に7%広いスウィートエリアを実現し、新設計のグロメットでセンター・オフセンターを問わず均一な打球感を目指した製品です(ヨネックス公式ニュースリリース)。「余計なことは忘れて、ラリーに没頭しよう」というキーメッセージは、まさに「芯に当たらなくて余計なことを考えてしまう」プレーヤーの悩みに向けられています。
これは立派な問題認識です。歴史を振り返っても、ウッドラケットから現代のデカラケへの進化は、一貫してフェイスとスイートエリアの拡大の歴史でした。オーバーサイズ、拡張スイートスポット、寛容性(forgiveness)——業界はミスヒットとの戦いに、何十年も投資し続けています。
しかし、解決策が全部「面側」に偏っています
ここで気づくことがあります。並べてみましょう。
- フェイスを大きくする → 面の解決策
- スイートエリアを広げる形状 → 面の解決策
- オフセンターでも安定するグロメットや重量配分 → 面の解決策
- しなりで衝撃をいなすフレーム → 面(衝撃)の解決策
すべて、「外しても大丈夫なように、的を大きくする」方向です。
しかし前回書いたとおり、ミスヒットにはもうひとつの解決の向きがあります。「そもそも外しにくいように、的を手に近づける」——芯距離を縮める方向です。角度のブレが打点のズレになるとき、ズレ量は「角度×半径」で決まりますから、半径を縮めれば的を大きくしなくても当たりやすくなります。
的を大きくする商品は各社から毎年出るのに、的を近づける商品は一つもない。全メーカーが同じ片側だけを掘り続けているのは、考えてみれば不思議なことではないでしょうか。
短い大人用ラケットは、実は過去にありました。ただし売り方が違いました
もっと不思議なのは、短いラケット自体は普通に売られていることです。19、21、23、25、26インチ——ジュニアラケットは身長に合わせて長さを選ぶのが常識で、テニス界は「長さを身体に合わせるべきだ」という原則を、子どもに対してだけは完全に実践しています。
では大人用はどうか。実は、前例が皆無というわけではありません。たとえばテクニファイバーは日本市場向けの「ジャパンスペック」として、通常より0.5インチ短い26.5インチのラケットを展開してきました。ただし、その位置づけは「女性向けに開発されたラインナップ」です。操作性を高めるための短尺という発想自体は正しかったのに、「非力な人のための救済モデル」という文脈で、軽量スペックとセットで売られてきたのです。
ここが決定的なボタンの掛け違いだと私は思います。短いラケットを求めているのは、非力な人ではありません。スクールの初中級〜中級で、パワーは足りているのに芯に当たらなくて悩んでいる、ごく普通の男性プレーヤー——私のような層です。この層が26.5インチの「女性向け軽量モデル」を手に取ることは、スペック的にも心理的にもまずありません。250g台の柔らかいフレームでは大人のボールに打ち負けそうで不安ですし、そもそも自分向けの商品だと認識すらしないからです。
短い大人用ラケットが定着しなかったのは、コンセプトが間違っていたからではなく、届けるべき相手と売り方を間違えていたからではないでしょうか。
そしてもうひとつ。現行の主要ライン(VCOREやEZONEなど)は、同じ27インチのまま重量違い・フェイス違いのバリエーションを増やし続けており、正直、初中級者にはどれを選べばいいのかわかりにくくなっています。27インチのライト版をもう1本増やすくらいなら、26インチの300gを1本作るほうが、よほど明確な選択肢になると思うのです。
提案:「ミートラケット」を作りませんか
そこで、こういう製品を提案したいと思います。
26インチ(27インチ比で約2.5cm短い)、ただし中身は完全に大人仕様のラケットです。重量300g前後、大人の球威に耐えるフレーム剛性、大人用のグリップサイズ。コンセプトは一言で伝わります。
大人のためのラケット。
ターゲットは明確です。スクールの初中級〜中級で、打点が詰まる・芯に当たらないことに悩んでいる、ごく普通の大人のプレーヤーです。この層は膨大にいて、しかも「フォームを直しましょう」という答えに何年も付き合わされてきた人たちです。「あなたの技術ではなく、道具の長さを疑ってみませんか」という提案は、この層に真っ直ぐ刺さるのではないでしょうか。
大事なのは、これを「女性向け」でも「シニア向け」でも「非力な人向け」でもなく、堂々としたメインスペックとして売ることです。ジュニアの26インチ(250g前後の軽量設計)を大人が使うのは、大人のボールに打ち負けないかという不安が拭えません。だからこそ「26インチ・300g・大人の剛性」という組み合わせに意味があります。中級の男性が持っていて違和感のない顔つきのラケット——それが今まで一度も作られていないのです。
ルール上の問題もありません。ITFのルールが定めるのはラケット全長の上限(29インチ=73.7cm)であり、短い分には制限がないのです。
短持ちとの決定的な違い:設計でCOPを合わせられる
「それなら短く持てば無料では?」と、前回の記事を読んだ方は思うはずです。実は、製品化には短持ちにない決定的な利点があります。
前回書いたとおり、短持ちには副作用があります。握りを上げると打撃の中心(COP:Center of Percussion)がフェイスの先端側へずれ、打点との不一致で手への衝撃が増えるのです。27インチのラケットは、27インチの端を握る前提でバランスが設計されているので、短く持つと設計前提が崩れます。
しかし、最初から26インチとして設計すれば、この問題は起きません。握り位置に合わせて重量配分を最適化し、COPとスイートスポットを実際の打点に一致させた状態で出荷できるからです。芯距離の短縮というメリットだけを取り出して、短持ちの副作用を設計段階で消せる——これは「短く持つ」という運用ではなく、「短く作る」という製品にしかできないことです。
つまり整理するとこうなります。
| 短持ち(無料) | ミートラケット(製品) | |
|---|---|---|
| 芯距離の短縮 | できる | できる |
| COPと打点の一致 | ずれる(副作用) | 設計で一致させられる |
| 当たり負けしない質量 | 維持 | 維持(大人仕様) |
| 心理的な安心感 | 「変な持ち方」と見られがち | 堂々と使える商品 |
短持ちは、ミートラケットが世に出るまでの「試乗」だと考えることもできます。まず短く持ってみて、効果を感じた人が買う——検証手段が無料で存在する商品というのは、マーケティングとしても筋が良いはずです。
最後に:困っている人の数だけ、市場はあります
ラケット市場は年々、上級者向けのわずかなスペック差の争いになっています。正直に言って、現行ラケットの多くは性能が拮抗しており、初中級者にとって「どれを買っても大差ない」状態に近づいているのではないでしょうか。
一方で、「芯に当たらない」という悩みは、おそらくテニス人口の中で最大級の悩みであり続けています。的を広げる努力は各社が尽くしました。次は、的を近づける番ではないでしょうか。
どこかのメーカーがこの記事を読んで、「ミートラケット」を作ってくれたら——私が最初の1本を買います。
本シリーズの構成:第1回・短持ち理論の序説はこちら。短持ちの効果検証(打ち分けテスト)の結果は、データが揃い次第、検証報告としてお伝えする予定です。